10.うまく笑えないだけ

夏の庭で高らかに破裂音が響いた。飛び出した光の花は真っ直ぐ天を目指し、やや雲のかかった藍色の空に散る。
「わー……」
志村家の庭で涼む人々は一時あでやかな光に見惚れ、感嘆の声を上げた。家庭用の打ち上げ花火にしてはなかなかよくできている。おそらくそう安くはないものだったのだろう。
給料もまともに払えないくせに、いったいどこから娯楽に費やす“贅金”は出てくるのか。
呆れたが声には出さなかった。そのおかげで自分も今楽しい時間を過ごすことができているのだから、今日のところは多めに見てあげよう。
ぼりぼりと胸のあたりをかきながら、眠そうな瞳で近寄ってくる男を見上げて、妙は密かに嘆息した。

「あちちち……」
点火の際にやけどしたのか、指先を振りながら銀時は縁側に乱暴に腰掛ける。同じく縁側に足を崩して座る妙とは、ちょうどスイカを載せた盆を挟んだ距離。いつしかこの距離が二人のルールとなっていた。
「あら、まだ花火は残っているんでしょう? もうリタイア?」
「あいつらと一緒にすんなよ。銀さんもうはしゃぎまわれるほど若くないの」
「あいつら」と言いながら銀時が顎で示した先には、ロケット花火を新八に向けて追い回す神楽と定春がいる。袴の裾をからげながら疾走する弟の悲鳴は花火より激しくご近所に響いていた。
「やだ、ごめんなさい。そういえば枕から加齢臭がするお年でしたね」
「おい、コラお姉さん。それ失言だから。撤回して。ちなみに俺の枕から香るのはカレーじゃなくて、夢の香り。永遠の少年のでっかい野望とか香ってくるから」
「意味がわからないわ。あ、別に語釈はけっこうです」
バッサリ会話を切ってしまうと、銀時は不服そうに眉を寄せた。その腹いせか、妙が仰いでいたうちわをさっと奪い取ると、グラスの麦茶をぐっとあおる。
「……かわいくねー女」
「何か言いました?」
「いえ、なにも!」
「………………」
そのまま再び銀時の目が庭で転げ回る少女たちに向いたことに小さく息をついて、妙は小さくスイカをかじった。
頬が奇妙なほど凝り固まっている気がした。


確かに彼の言うとおり、自分はかわいげのない女なのだ。
彼が大量の花火を下げてここへ訪れた理由だってわかっている。……いや想像がつく。
気のないふりをして、彼は十分自分を気にかけてくれているのだ。それが知人の一人としてなのか、部下の身内だからなのかはわからないけれど。
だからこそ、彼らを安心させるために笑わなければと思うのに、頬の筋肉はまるでさびついた金属のよう。
どうやって笑えばいいのかわからない。こんなことは初めてだった。
そもそも妙にとって、笑顔こそが唯一の処世術だった。幼くして頼れる大人を亡くした少女は、敵をかわし味方を多く作るために笑顔が必要だったのだ。
笑っていれば誰かが手を差し伸べてくれた。笑っていれば余計な痛みは感じなかった。
そのうちにどういう時に相手が笑顔を期待するのかを心得て、誰かを頼らずとも弟を守って生きていけるほどには強くなった。
何もつらいことはなかった。楽しくない時に笑うのは、それほど難しいことではなかった。
……もしかしたら、そう思い込むことで自分を正当化していただけかもしれないけど、笑顔だけが妙の生き方だと信じていた。
だから、怖い。笑えない自分では他人と話すことさえ奇妙な難題に思えた。

「おい?」
銀髪の下から怪訝そうな瞳が見上げてくる。
おそらく彼は何かを望んで花火大会を催してくれたわけではないのだろうが、やはり彼には伝えるべきだ。けれどどうすれば感謝を伝えられるのか、まるでさっぱり見当がつかない。
「銀サン……」
「ん?」
たった五文字の言葉。いつもは簡単に言えるはずの言葉が、うまく声にならない。
笑顔を見失った。それだけで妙は世界中で一人ぼっちのような気がした。


『銀魂』より銀時×妙 

―作品とカップリング語り―
カナタの個人的な印象と感想を述べてます。肯定的ですが、気を悪くされる方はやめたほうがいいです。


銀魂好きです、特に銀さんのキャラが。時々無性におかしい回とか、深読みしちゃう回とかバラエティに富んでて面白い漫画ですよね。
かもしれない運転の回とか大好きだな!

銀妙は公式なんだと信じております。
だって紅桜編のやりとりとか、夫婦にしか見えない! 柳生編も好きだった。
とにかくもうお妙さんが出てる回は素敵です。お姉さん、かっこいい。
ただ銀さんもお妙さんも、何かを隠しながら笑ってる感じがしてもどかしいんですよね。
お互いに相手の影の部分を察して、気になるんだけど深入りしちゃいけないって自制し合っているような。
だからすごい大人な関係も想像できるし、でもお妙さん若いから初々しいのも妄想できる◎
銀妙は需要も供給もわりとあるので、見る側の立場として嬉しい限りです。