07.叶わなくてもいい


目を開けると、夢に落ちる前と同じ景色の中にいた。
規則的に腰を打つ振動。天井のランプはちらちらと不安定に揺れながら、あまり清潔ではない客車を照らしている。ボックス席の向かいには赤銅色の髪を持つ青年が眠ったように座っていた。
そこに置いたときと同じように窓辺のラジオが小さくロックを奏でているのを耳にして、キーリはなぜかほっと安堵の息をついた。
変わっていない。なんて幸せなことだろう。
頭の中にしっかりと浮かんでしまった言葉に、キーリはわずかに顔をしかめた。
いつのまにか、願いが小さくなっている。

幼い頃からそれほど貪欲なほうでもなかったが、それなりに願いや欲を持っていた。
もっと遠くまで連れて行ってもらいたいな。
ハーヴェイがもう少しかまってくれればいいのに。
けれど生来の気質か、短い人生の教訓ゆえか。諦めも早かったキーリは達成の見込めない願いは早々に手放してしまうくせがあった。
そうして今までいくつの願いを捨てて来たのだろう。
気付けばこの小さな手のひらにはたった一つの願いしか残っていない。
臆病で無力でちっぽけなキーリが、どうしても手放せない大切な願い、祈り。


頬杖をついて窓の向こうに視線を向けると、真っ暗だった世界が色づき始めていた。
緩やかにカーブを曲がる先頭車両が見え隠れする。そのさらに先には蛇行した線路がどこまでもどこまでも続いていた。

線路はつづくよ、どこまでも

幼い頃に聞かされた童謡がふと口をつく。
どこまでも、どこまでも。
果てのないように思える鉄の道は、しかし必ず目的地へとたどり着く。どんなに願っても、どんなに祈っても、必ず終わりはある。
それを想像するのは怖い。その時を受け入れなければならないのは怖い。
けれども、もう投げ出すことはできなかった。

ラジオのスピーカーを撫でて、顔を上げる。眠っているように見えた青年はわずかに首を傾けて色違いの瞳をこちらに向けていた。
「おはよう、ハーヴェイ」
「…………ああ……」
叶わなくてもいい願いなんて今は一つもない。ここに残ったただ一つの願いを守るために、キーリは立ち向かわなくてはならないだろう。
真実と現実と、恐ろしい終幕へ向けて。
曇った灰色の空が橙色に染められていく。まぶしさに目を細めてキーリは強く拳を握った。
さあ、強引な朝がやってくる。

電撃文庫『キーリ』よりハーヴェイ×(&?)キーリ 

―作品とカップリング語り―
カナタの個人的な印象と感想を述べてます。肯定的ですが、気を悪くされる方はやめたほうがいいです。


『キーリ』との出会いは高校の図書室。女子高だったんで少女小説とかラノベがたくさん置いてあって、いろいろ読みつくしました。たぶん私の文章のほとんどはその影響を受けている……。
『キーリ』の長いんだけど淡々としてる独特の文体とか、荒廃した儚さを感じさせる世界観とか、とにかくもう全てに惚れ込んでいます。決してきれいなだけじゃないキーリの性格も好き。この本に出会えてよかったって心から思います。

ハーヴェイとキーリは最終巻まで恋愛なのか、別の愛なのか判断つけがたかったです。たぶんどちらでもあると思うんだけど、互いに影響し合っていて欠かせない存在になっているのが、大人の関係っぽいなぁとも思っていました。
なんだか、あんまり語れません。
この二人は儚すぎて、泣きたくなってしまうよー……。