06.強さが弱さ

あの人のそばではいつも音が絶えなかった。
よく回る口、口ずさむ鼻歌。暇さえあればギターを爪弾いているし、真面目に仕事してるかと思いきや耳に痛いハードロックをBGMにしている。
常に軽薄な笑みを浮かべて安い愛を振りまいているような、あの男が気に食わなかった。エリートで頭が切れて容姿端麗、苦労などまるで知らないお気楽者。姿を見るたび、声を聞くたび、茜はイライラした。
それでも仕事の都合上接触しないのは無理な話で、彼の執務室に足を運ばなければならないときは、とにかく憂鬱で仕方がない。どんな感情を抱いているにせよ仮にも上司相手に暴言を吐くわけにもいかないし、かと言って隙を見せれば調子に乗る。
だからノックをする前は最大限の警戒心を装備しなければならなかった。

「目は合わせない、無駄話になびかない。手早く報告、即退散っ」
さて今日も呪文のように唱えて、茜は扉に手をかけた。
何かいつもと違う気がしたのだが、警戒ばかりに気をとられてそれを探ろうとは思わなかった。軽々しく扉を開けて、茜はすぐに後悔することになる。
「失礼しまーす」
ぶっきらぼうに告げると同時に後ろ手にドアを閉めて、茜ははたと違和感の正体に気付く。
しんと静まり返った執務室。窓からの光源としては頼りない斜陽が個人の趣味を投影した内装に感傷を加えている。不気味なほど静かで、奇妙なほど寂れた雰囲気。
記憶とあまりにかけ離れた印象に、茜はさらに警戒して書類を胸に抱いた。

「検事……?」
一瞬不在かと疑いかけたが窓を背にした執務椅子に俯いて座る人影に気付き、茜は眉をひそめる。まるでいつもの過剰な存在感が嘘のよう。ひっそりと椅子に埋もれた金髪は端正な容姿を覆い隠していた。
「あの……検事。宝月ですが」
「ああ、うん……」
鈍い応答はなんともらしくない。ゆるく首を振って茜を見上げた表情はいつもどおりの笑みを浮かべていながら、どこかぎこちない歪みがあった。
いつもの牙琉響也じゃない。
茜は貼り付けていた仏頂面をゆるめて、眉を上げた。
「大丈夫ですか?」
書類を下敷きに机に手をついて乗り出すと、響也は面食らったように目を瞬かせた。
「大丈夫って僕のことかい?」
「他に誰がいるんですか」
「……ああ、そうか」
納得したのかしていないのか、響也は曖昧な笑みでごまかしてしまう。
もしかして自身の異常に気付いていないのか。
そう悟った茜は手のひらの報告書に目を落として、先ほどとは別の感情で顔をしかめた。

短期間にこの男は真実と引き換えに大切な人を二人も失った。それが彼の正義だったとは言え、ショックを受けないはずがない。表面上は神妙に事実を受け入れたふりをしていたけれど、やはり簡単に割り切れるものではないだろう。
誰よりも高潔で信念にこだわる人だから、他人も自分も容赦なく追い詰めてしまう。それはきっと無意識の息苦しさ。今まではそんな彼をやわらげてくれる人がそばにいたけれど、自らの手で遠ざけてしまった。
行き場のない緩やかな苦痛は響也の中に降り積もり、淀んでいく。
妥協も偽りも許さないこの強さこそが、一方で彼にとって最大の弱点なのかもしれない。

尊敬する身近な女性に通じるところを感じ、茜は苦笑をもらした。
「別に無理して笑わなくていいですよ。私はあなたのファンじゃないし、どんな顔してようが気にしませんから。ただ報告だけ聞いてくれれば結構です」
「え……刑事クン?」
「苦しそうな笑顔なんて見せられても迷惑なだけ。私は強いあなたなんて期待してませんので、いつものように真面目に仕事してくれれば十分です。まだまだ真実の見えない事件なんて山積みなんですよ。それを追求するのが検事の仕事でしょう。その点では一応検事の力量を認めてますから」
ツンとすまして言い切ると、呆けて間抜けな顔で茜を見上げた響也はやがてプッと吹き出した。口元に手を当て震え出すと、緩慢に立ち上がって机をまわる。
「キミは本当に優しいんだかそっけないんだか、わからないヒトだね」

斜陽を受けて見せた笑顔はいつもと同じく輝いていた。ぎこちなさも歪みも昇華した、新たな表情。
もうしばらく落ち込んでいるかと予想していた茜は、彼の瞳に満ちる嬉々とした色に「うっ」とたじろいだ。
すっかり失念していたが、そういえばこの男、めげないしこりないし立ち直りも早い。非常にタフな精神の持ち主なのだ。おまけにすぐ調子にのる。
「まさか刑事クンになぐさめてもらえるなんて思わなかったよ」
「なぐさめたつもりはありません」
彼が一歩近づくたび生まれる音は、改めてこの部屋が牙琉響也の執務室だということを思い起こさせた。
ああ、油断した。この部屋に入る前に誓ったのに。
目を合わせない、無駄話になびかない。手早く報告、即退散。
下手に仏心を出すから、こんな羽目になるのだ。
「まあまあ、それでも僕は嬉しかったんだ。だからお礼に今夜ディナーでもどうだい?」
防御に出した右手をとられ、武器でもある美顔を寄せられる。茜は頬をひくつかせて腰のポシェットに手を伸ばした。試験管を一つ握りこんで、にっこり微笑む。
「調子に乗らないでください、ジャラ検事」

『逆転裁判4』より牙琉響也×宝月茜

―作品とカップリング語り―
カナタの個人的な印象と感想を述べてます。肯定的ですが、気を悪くされる方はやめたほうがいいです。


家族中ではまったゲームがこれです。いまだに父は何度もプレイしています。
全作プレイ済みですが、キャラクターが魅力的で軽妙な掛け合いとかつい笑ってしまう……。だからちょっと公共の場所でのプレイは注意が必要です(笑)
サイコ・ロックのシステムが楽しかったなぁ。尋問はとりあえず全部揺さぶって一通りセリフを見てから突きつけます。だからもう時間がかかるかかる。
個人のキャラでははみちゃんがぶっちぎりでかわいいです。ぴょこぴょこモーションは悶絶……///

CPではナルマヨもミツメイも好きですが、4でまさかの茜ちゃんにやられました。
茜に嫌われてる響也!もうツボ。自覚はあるのに、何かと茜にかまうへこたれない検事は素敵です。ジャラ→→→→→サクな感じ。しかも茜のほうが1歳年上というのもまたなんていうか萌えです。
お互いに年の離れた兄、姉がいるし、共通する部分もあると思うなぁ。
もし続編が出るとしたら、この二人に期待したいです。