03.馬鹿にしないで 

「助けて!」
本日の勤務も終わり、白衣を脱ぎかけた玉藻は突然飛び込んできた来客にネクタイをゆるめる手を止めた。
現れたのは真っ黒焦げの男を引きずった長髪の女子中学生。トレードマークとも言えるセーラー服は乱れ、胸元から下着が見えてしまっている。髪の間から見える意思の強い瞳は、ぎらぎらと鋭く玉藻を見上げていた。
鬼気迫る彼女に一瞬驚いた玉藻は、「この人死んじゃう!」との訴えに、額に手をやって深々とため息をついた。
「今度は何をやらかした」

いつのまに懐かれたのか、退勤寸前にこうして彼女が駆け込んでくることは今ではそう珍しくない。そのほとんどは自業自得で招いた彼女自身の怪我だが、どうも今回の患者は彼女ではないらしい。
「つい加減を忘れたんだよ。そしたら炎上しちゃってさ……」
一見すれば炭と間違えそうな人体を診察台に押し上げて、いずなは忌々しげに呟いた。
なるほど、彼女の発火能力による被害者ということなのだろう。それでは確かに他の病院には連れて行けない。だからと言って毎度毎度ここを頼ってもらっては困るのだが……。
「どうにかしてくんなきゃ、アンタのこと変態狐だって病院中に言いふらすから」
「それが人に助けてもらう態度か?」
脅しにしてももう少しマシなものはないのかと、かわいそうなおつむに心底呆れながら玉藻は脱ぎかけていた白衣を再び羽織った。
本来なら関わる義理はない。ただこの場所で死人が出ては厄介だ。超過勤務になるが仕方ないだろう。

診察台に向かいながら、玉藻は着衣の乱れを正すいずなを咎めるように一瞥した。
「一応わけを聞かせてもらおうか。あとで鵺野先生にきつく叱ってもらわねばならん」
「げえっ!それはマジ勘弁。だいたいなんであいつに言いつけるのさ」
「この町での君の保護者は鵺野先生だろう」
かわいげのない舌打ちが返され、さすがに腹が立ち振り返ると、いずなは悔しそうに唇を噛んでいた。玉藻の視線から逃れるように椅子に腰掛けると足を組んでそっぽを向いてしまう。
「あたしはもう子どもじゃない」
「霊力も満足に扱えないくせにか?」
「それは……! そいつが悪いんだ。あたしの占いを馬鹿にして、挙句襲ってきやがって……」
肩を抱きながら苦々しげに呟くいずなの腕に、赤いみみず腫れの痕。
例のこづかい稼ぎでからまれたのか。それこそ自業自得であるが、横たわる男もまた見下げた性根の男である。
卑しい人間にうんざりした玉藻はため息をついて、ヒーリングをやめた。
重度の火傷部分はある程度和らげた。一命は取り留めたわけだし、これ以上無駄に妖力を使う必要はないだろう。あとは病院の前にでも転がしておけば十分だ。
白衣を脱いで帰り支度を始めた玉藻に、いずなはきょとんと彼を見上げる。
「ちょっと、なに、帰るの?」
「治療は済んだ。君も早く廊下へ出なさい」
すでに診療時間をすぎた廊下はしんと静まり返っていた。火傷の男は適当に移動させて、診察室に鍵をかける。怪訝そうについてくるいずなを確認して、玉藻は病院を出た。

背伸びをしたがるのはまさに子どもの証拠だと、本人は気付いているのだろうか。身の程知らずで無謀。勝気なくせに未熟。
これほど危うい生き方をしていて、よく今まで無事でいられたと関心さえしてしまう。
だからだろうか。鵺野鳴介と違いまるで力も及ばない小娘のくせに、興味を引く。頼られるとなぜか力を貸してしまう。
5年3組の生徒といい、子どもには何か庇護欲をそそる妖力でも有しているのだろうか。
「ねーねー。何送ってってくれるわけ?」
愛車の運転席に乗り込んだところで、助手席の窓の向こうからいずなが首を傾げた。「狐のくせに立派なの持ってるわねー」などと呟きながら、キョロキョロと車体を見回している。
問いには答えずエンジンをかけると、いずなは勝手にドアを開けて助手席に座った。
「送っていくわけじゃない。保護者に押し付けに行くだけだ」
「ええ!ヤダよ、ぬーべーのところなんか!また怒られるじゃんか」
「ほう、やはり叱られるようなことをしたという自覚はあるのだな」
「きー!この陰険ギツネ!!おろせー!」
「勝手に乗り込んだくせに何を言う」
図星を指され返す言葉をなくしたのか、結局いずなは膨れて腕を組んだ。
車窓の流れる景色を睨むように見つめている。窓に映った少女の顔は、どこか儚げで不安定だった。

彼女の素性は詳しく知らないが、地方から上京し一人でこの町に住んでいるのだという。人間とは自立するまで驚くほど時間がかかる生き物だから、彼女の年での一人暮らしはまだ少し早すぎるのかもしれない。見守る大人が必要なのかもしれない。
だからと言って、教師でも人間ですらない玉藻にそんな役を求められても困るのだが……。
「……馬鹿にされたくないのなら」
「何さ、急に」
「早く大人になることだ。君が君自身を制御できるようにならなければ、誰も認めてくれはしない」
「……………………」
「そのためにも、大人の説教はしっかり受け止めたほうがいい。鵺野先生はあれでも、まあまともな大人だ」
窓を睨んでいた丸い瞳がハンドルを握る玉藻の横顔を見上げた。一瞬呆けた彼女は、こみ上げた笑いに頬を崩す。
「あんたの言うことこそ説教じゃない」
「まあ、そうかもしれんな」
「なにそれ、変なの。でもま、確かに一理あるかもね。肝に命じとくわ」
柄にもなく人間の大人のような振る舞いをしてしまったが、いずなが受け入れたことが意外だった。
思わず横目で少女を見下ろすと、いつの間にか張り詰めた不安定なものが和らいでいる。視線に気付き、玉藻を見上げたいずなの表情は生命力に溢れていた。
「…………………」
「何よ」
「別に」
単純無邪気な小学生と違い思春期の娘など扱いづらくて仕方ないが、人間の謎という点では鵺野鳴介に次ぐ研究対象になるかもしれない。
そのためには噛み付かれるよりなつかれたほうが好都合だろうかと、打算しながらハンドルを切ると、童守小学校はもう目前だった。

「はーあ、お腹減っちゃった。着いたらぬーべーになんかおごらせよっと」
「逆におごる羽目になるんじゃないか?」
「その場合は玉藻、アンタ医者でしょ。恵んであげなさいよ」
「謹んでお断りする。それより反省文でも考えたらどうだ」
「うっさいな。アンタがチクんなきゃ済む話だろ」
「人間一人丸焦げにしておいて、よくもそんな口が聞けるものだ」
「…………この極悪狐」
「こっちのセリフだ。極悪迷惑娘」

『地獄先生ぬ〜べ〜』より玉藻×いずな

―作品とカップリング語り―
カナタの個人的な印象と感想を述べてます。肯定的ですが、気を悪くされる方はやめたほうがいいです。


ぬ〜べ〜はアニメをリアルタイムで見てました。幼い頃の記憶というものは意外に強いもので、OP曲もED曲も、今でも空で歌えます(笑)
基本的に妖怪ものが好きなので、怖がりつつ毎週見てたなぁ。
その時はCPどころか好きなキャラさえ考えずに見ていましたが、最近改めて見返してみてすごく面白いアニメだと思いました。
まずぬ〜べ〜が頼れる素敵な先生ですよね。あれだけ一生懸命になってくれる先生なんて今時いないですよ。
教育アニメとしても通用するくらい、考えさせられるテーマが多いです。
生徒たちも個性的で、特に美樹はインパクト強いですよね。広と郷子の夫婦っぷりと、ゆきめの一途さがかわいらしいです。
意外に当時はわからなかった下ネタがあったりして、大人になった自分を思い知らされます……。

玉いずは漫画本編でも一応公式フラグがあるようですね。
なのに、残念。二次創作はまったくと言っていいほど見つかりません。
どうやら玉藻はBLが主流らしいです。さらに玉藻個人のファンが多く、いずなは叩かれてるのだとか?
狐同士でいい組み合わせだと思うのになー。
OVAの第3作目でのほっぺちゅーとか嬉しい衝撃だったんですけどね。まあ、あれもポジション的には同人か…。
だんだん柔らかくなっていく人外とそれに突っかかる女子中学生。妖怪と人間は結ばれないなんていうけど、妖狐ならなんとかしちゃってくれないかなと期待妄想しています。