「それならば、こうすればいいんですよ!」
気持ちよく晴れ渡った朝の空に、聞きなれた少女の高い声が弾む。嫌な予感がして人だかりに割り込めば、案の定中心にいたのは我が教え子風浦可符香だった。
「あ……あなたはまた、人の心の隙間に入り込んで……」
周囲から聞こえる「カフカ様!」の呼称にげんなりと肩を下げる。また面倒なことになりそうだ。
基本的に生徒の私生活にまで関わるようなことは遠慮したいが、彼女の場合は放っておくほうがあとでさらなる苦労を生む。不穏な取り巻きたちの視線が恐ろしいが、望はため息一つで振り払って声をかけた。

「風浦さん」
「あ、先生! おはようございます」
短いスカートの裾を翻して振り返った渦中の生徒は、青空の似合う爽やかな笑顔で大きく手を振る。
ここへ集まった老若男女の多くが、この笑顔と小さな口から飛び出す突飛でおおらかな発言に救いを求めているのだろう。
だからこそ救いを奪いに現れた望に向けられたものは、粘着質で薄暗い不気味な表情だった。
背中にぞっと悪寒が走るのを感じ、望は少々慌しく彼女を手招いた。
「ほ、ほら遅刻しますよ」
「はーい、今行きます。それじゃみなさん」
すがるような視線をあっさり無視して、晴れやかな笑顔でさよならを告げる。
彼女を崇める人々はセーラー服の襟を追うようなことはしなかった。ただうらめしげに望を睨み、そこにとどまる呪縛霊のように二人が去るのを見送っていた。

彼らの気持ちがわからないわけではない。
彼女の発言は心の隙間を埋めようともがく人々にとって、非情なほど都合がよくその上強い中毒性を持っている。
現に望だって何度も彼女の言葉に救われ、時に翻弄された。もしかしたら今も、彼女の姿言葉仕草の全てに惑わされているのかもしれない。

「ん? なんですか、先生?」
軽やかなステップで鼻歌を口ずさんでいた少女が、ふと視線に気付いたのか顔を上げた。まん丸の紅茶色の瞳にめまいを覚えて望は立ち止まる。
いつか自分は彼女という救いなくしては生きていけなくなるのかもしれない。先ほどの信者たちのように、甘くて危険な天使の毒に侵されていくのかもしれない。
「いえ、なんでも」
それはひどく魅力的な未来だと、思ってしまう自分がいた。


中毒少女



可符香は中毒になるよ。
自己正当化も容認してくれるんだもの。そりゃみんな彼女を欲しがるわけだ。