●ワンクッション
この先にあるゼロしいはED後の妄想はなはだしいです。
あまりにもゲーム本編とかけ離れているので、危険を感じる方はお戻りください。
ぶっちゃけ……シリアスおめでたネタでございます。








過去二十数回の誕生日のうち、その日を素直に喜べたのは何回だろう?
正確には覚えていないが、片手の指で足りるほどだとは確信できる。母が恨み言を述べて死んだあの日以来、誕生日は「生まれたことを呪う日」に変わった。
気持ちのこもらない「おめでとう」の言葉と、しらじらしい空世辞を聞き流しながら、ひたすら生きている今を呪っていたことだけが、ゼロスの記憶に残る誕生日の思い出だった。
こっちだって生まれて来たくなんてなかった。こんな人生などいらなかった。
けれど生まれる方に拒否権はないのだ。親を選べないというのもそれと同じ。
人の生にはあらかじめ、諦観と甘受が伴っている。


誰もがうらやむ健康体が、最近体調を崩しているらしい。
「こりゃー、槍でも降るんじゃねーの?」
「うるっさいね。寒いから閉めとくれ!」
細く開けた障子の隙間から快晴の空を見上げておどけると、パコンと後頭部に巻物が飛んできた。その勢いに流され頭を前に傾けながら障子を閉めると、だるそうなかすれ声がぐちぐちと文句を言う。いつもなら感情の勢いのままに発せられる張りのある声が、すっかり弱っていることに苦笑して、ゼロスは彼女が丸くなるふとんへ近づいた。
「だーってどーしちゃったのよ、しいな。バカは風邪引かないんじゃなかったか?」
「……だから証明されたじゃないか。あんたは、いつまでたっても……風邪引かないしね」
「あー、そんなこと言っちゃう? そもそもこんな季節外れの風邪なんて引いたのは、自分の健康管理がなってないからじゃねーの?」
「……………………」
苦しいのか、途切れがちの声は、イヤミをこぼしたゼロスの言葉に反論してこない。ただ不満げに顔をそらして、ため息をついた。
「少しは心配くらいしたらどうなんだい?」
「おうおう、だからこう付き添ってやってるじゃないですか。奥さんのためにおかゆだって作ってきたんだぜー」
盆に載せて持ってきた小さな土鍋のふたを開ければ、ふわっと暖かな湯気が上がる。「食べるか?」と差し出すと、しいなはあからさまに顔をしかめて首を振った。
「いらない。ごめん……気持悪い……」
「はぁ? 気持悪いってひどくねー?」
さすがにカチンときたゼロスだったが、冗談ではなく具合の悪そうなしいなの様子を見て土鍋を遠ざけた。食欲はない、ということか。咳やくしゃみが出るわけでもなく、ひたすらだるそうなのは、果たして本当に風邪なのかといささか不安になる。だったら何なら食べられるだろうと冷蔵庫の食材と相談していると、ふとしいながそむけていた顔をこちらに向けた。

「ねえ、ゼロス。聞いてくれるかい?」
わざわざそんな前置きをするなんて何を改まっているのかと苦笑して、ゼロスは頷く。彼女の話を聞かないことなんて今まで自分はしたことがないのに。
「なんだよ。何が食いたい?」
「そうじゃないよ。何も食べたくない。……それに、あたしは風邪じゃない」
「……原因わかってるのか?」
「そりゃ自分の身体のことくらいわかるよ。あたし、……子どもができたのさ」
「っ!!」
瞬間自分の表情が凍りつくのが自覚できた。不安そうに見上げる彼女の前で、そんな顔はしてはいけないとわかっているのに、つくろえない。何も出すべき言葉が見つからずに、ゼロスはやんわりと首を振った。
心臓が収縮していくような錯覚を覚える。これは恐怖を抱くときによく似た感じだ。その通り、今ゼロスは目の前で横たわる愛しい女が怖くて仕方なかった。
「ゼロス……?」
言ってはいけない。倫理道徳くらいゼロスにだってわかる。それにそうなるかもしれないと懸念しながら、快楽に甘えたのは自分のほうなのだ。もちろんその瞬間はこの事態をほんの少し望んでもいたのだけれど、いざ対面すると受け止める覚悟など微塵もなかった。
「いやだ」
「…………いや?」
「悪ぃ、しいな。俺……産んでほしくない」
「……………………」
しいなの顔が一瞬強張って、それから不自然に歪むのを見た。揺らぐ視線を真っ向から見つめ返す勇気はなくて、彼女に背を向けるようにあぐらをかく。背後から深く息を吸う音が聞こえた。
「本気で、言ってるのかい?」
低い声。久しぶりに聞く、怒りの声だ。ビクリと肩を揺らすと、奇妙な沈黙が漂う。黙考したらしい彼女は、再び静かに言った。
「本気だけど、発言の責任はわかってるつもりなんだね」
つい言ってしまった本音。それに対する後ろめたさや後悔を的確に見抜いてしいなは深くため息をついた。

いつの間にか、ひねくれたゼロスの機微に聡くなった彼女は、ひとまず怒りの感情を置いて、様子のおかしな男のことを理解しようと向き合うつもりらしい。一つの感情に縛られると、なかなか抜け出せなかったしいなが、そんな風に器用に感情をコントロールできるようになったことが、誇らしくもあり残念でもある。彼女は大人になった。
「ねえ、なぜだか聞いてもいいかい? あたしとの子どもだから?」
「まさか!!」
しいながついと背を向けたゼロスの服の裾を引きながら尋ねた内容は、およそゼロスの思いと正反対の推測だった。そう誤解するのも当然かもしれないが、驚いたゼロスは振り返って激しく首を振る。
むしろ彼女だからこそ、つい気を抜いてしまったのだ。他の女であれば、まずそんなへまはしない。
真剣なゼロスの否定にほっとしたのか、しいなは目を細めた。その仕草が愛しくて、柔らかな頬に手を伸ばしながら、身体をひねる。本音を明かしてしまったのだ。これ以上何を偽っても彼女を悲しませることしかできないだろう。ならば、と再び彼女を向き合うように座りなおしながら、ゼロスは恐る恐る素直な胸のうちを呟いた。
「怖いんだ」
「怖い……?」
「生まれさせちゃうのがさ。どうやっても子どもには生まれることに拒否権がないだろ?」
――好きで生まれてきたわけじゃない。もし生まれなければ、この悲しみを痛みを空しさを知ることはなかったのに。
誕生日には生まれてきたことを呪った。親の命日には自分を産んだことを恨んだ。
疎ましく思うなら、愛してくれないなら、どうして自分を生まれさせたのだ。
だからゼロスは、人の生に関わることを避けてしまう。自分の一存で、一人の人間の人生を作ってしまうことが怖い。

するとしいなは呆れたような声で「はーん、なるほどねー」と呟いた。相変わらず良くない顔色のまま、ゼロスを半眼で見上げる。
「それは誕生日に「おめでとう」って言われたくないっていうのと同じ理由かい?」
「あれ? 俺さまそれしいなに話したっけ?」
「聞くまでもないさ。だってあんたそう言うと毎年妙な顔するじゃないか。泣きそうな顔して笑う」
そんなことまで悟られていたのか。感情を隠すガードがしいなに対してはすっかり甘くなってしまったことに顔をしかめて、ゼロスは笑った。と、今までの緩慢な動きが嘘のようにビシッとつきつけられた指が、彼の眉間を示す。
「ほら、その顔。見てるこっちが腹立つからやめな」
「え……あ、ああ」
空いた片手で彼女の指をくるみながら、無理に笑うことをやめる。フンと小さく鼻を鳴らしたしいなは、疲れたのか目を閉じて頬に添えられた手にすりよるように顔を動かした。
「本当にさ、あんたは面倒くさいやつだよね。どうして誕生日一つに人の生がなんちゃらーなんて大層な理由をつけなくちゃいけないんだい? おめでとう、ありがとう、でいいじゃないか」
あんまり投げやりな意見に、構えて聞いてしまったゼロスはガックリと頭を下げた。それは強引すぎやしないか。そういうところが数年前のロイド少年そっくりで、あの根拠もないロイド節はこんなところでいまだ健在なのかと呆れた。

「そりゃー単純なしいなちゃんならそれでいいかもしれないけどよー。そもそもおめでとうっておかしくねえ? 何がおめでたいんだよ?」
「もちろん生まれてくれたことと、その日まで生きてこれたことさ」
しいなはゆっくりと目を開けると、両手を伸ばしてゼロスの頬に触れた。優しく撫でさすりながら深く息を吸う。その暖かさにたじろいだゼロスは、目を瞬かせながら彼女の言葉を待った。
しいなの言葉は長かった。
「あんた生まれるほうに拒否権はないって言ったね? それ、嘘だよ。世の中にはお母さんのおなかの中でお日様の光も浴びられずに死んじまう子だっている。それが赤ん坊が生を拒否した結果だとは思えないけどね、でも無事に生まれてこれた子どもはきっと「生きたい」って思いながら生まれて来るんだとあたしは思うよ。そしてその先いくらだって命を落とす危険はある。それでも生きているのは、本人の意思と周りの保護の手があるからだろ? そうしたら、やっぱりおめでとうじゃないか」
「……………………」
ロイド節は年を経て少しだけ賢くなったしいなによって、根拠のあるしいな節へアレンジされていたらしい。彼女が平然と主張した仮説に、ゼロスは思わず返す言葉を失った。呆然と顔色の悪い彼女の顔を見つめる。起き上がっていたら、彼女はお得意の腕組みのポーズでもしているだろう、自信満々の表情で笑っていた。
「だからね、あたしはこの子に生まれてきて欲しいよ。生きる意志のある子を臆病なあんたの勝手な責任逃れで失いたくない」
「…………でも、俺まともに育てられる自信なんてない。親はご存知の通りあんなだったし、愛されなかったから愛し方だってわかんねー」
「そんなのはあたしだって同じさ。うちの親なんて育てる責任すら放棄しちまったからね。ま、どんな事情があったにせよ、あんたとそれほど変わらないさ。……でもさ、誰だって初めから親だったわけじゃない。わからなくて当然だよ。それでも子どもを一人の人間として認識できて、その責任の重さを知ってるあんたならきっと大丈夫さ」
いつから彼女はこんなに強くなったのだろう。どうしてこんなにおおらかでいられるんだろう。
不思議な思いでゼロスはしいなを見つめた。昨日と変わらないように見える彼女の表情に、ほんの少しだけ「母」の顔が見えた気がして、ゼロスは息を飲む。目に見えて大きな変化があるわけでもない。それでも彼女は身体の変化を感じて、心の方もその変化に追いつこうと成長している。
それは寂しいようでとてもかっこいいと思えた。

「ねえ、ゼロス。あたしたち、一人じゃないんだよ。一緒に親になろうよ。あたし、あんたの子どもだからこそ、産みたい」
「……しいな」
自身の頬に添えられた手に両手を重ねて、ゼロスは熱くなる目の奥を隠すように目を閉じた。
「それ、すっごい殺し文句だな」
「何言ってんだい」
笑う彼女の呼吸に合わせて揺れる手のひらが温かい。命というものはこんなにも重くて心地いいものなのだ。
本気で人を愛せなかったゼロスが初めて愛おしいと思った女。そのしいなが産んでくれるという自分の子ども。
不安も恐怖も消えはしないけれど、今そこにいる彼女の存在に比べればなんとちっぽけなものか。彼女がいてくれるなら、きっと自分は間違えたりしないから。
「バカ言って悪かった。……一緒に頑張ろうな」
「もちろん!」
そして時がすぎて、無事に赤ん坊が生まれてきたときは、「おめでとう」と言えるように。
貴き命に「ありがとう」を言えるように……。

臆病な初心者




 先に注意をしたのでもう謝りません。
 ……というわけで受胎発覚話。いつか書いてみたかった子どもにまつわるゼロしいです。
 二人とも本当の両親には恵まれなかったから、トラウマあるんじゃないかなー?
 こんなに簡単にゼロスが言いくるめられるとは思いませんが、説得者がしいなだからってことでひとつ。