ほんのわずかな期間だが、彼とともに戦ったことは以前にもあった。生きた時間の年数ゆえか、何事にも泰然としている彼の戦い方には、無駄も隙もない。その代わり派手さもないが、性格を体現した動きはふと見惚れてしまうほど美しかった。 寸分の狂いもなくモンスターの急所を貫いた彼は、刃にべっとりとついた血を払い落とすように剣を振るうと、静かに鞘にしまった。 裏切りと衝撃の果てに空しくぽかんと空いてしまった穴は、そのあとすぐにかつての力強い味方によって埋められた。敵にすると恐ろしいが、助けてくれるならこれほど頼れる人物もいまい。チームワークが要となる戦闘時に限ることなく、探索や野宿や団らんのときにさえ、どこか懐かしいとも言えるほど、彼は自然に馴染んでいった。埋められた穴はいつのまにか跡がわからないほど薄くなっていった。 どうしてだろう。それを感じるといつでもしいなはやり場のない苛立ちと空しさを感じるのだった。 扱う武器こそ似てはいるけれど、無駄ばかりの動きで派手に立ち回ることも、本気か嘘かわからない冗談で場を和ませたり白けさせることも、彼はしないのに。 あいつがいたポジションにすんなりおさまってしまった彼を見るたび、しいなの頭は鈍い痛みでその光景を拒絶するのだ。 戦闘後のケアと拾得物整理をする仲間たちを、ぼんやりと遠い目で眺めながら、しいなは何をすることもなくそこへ立ち尽くした。 昔から藤林しいなという女は、情に厚い人間だった。彼女を憎むくちなわを切り捨てられないのも、暗殺の目的で出会ったコレットを殺すどころか救ってしまっている現状も、つまりはそれが招いた結果だ。欠点とも言えるし、長所とも言えるだろう。 そして同時にしいなは涙もろくもあった。嬉しかったときも悲しかったときも、その感情にはいつも涙が伴った。 ――あの時。 切っ先をこちらに向け冷たい瞳で微笑んだ彼を前に、しいなの感情はどっと一度にたくさんの思いを生み出した。どれに優先順位をつけるべきか判断がつかず、呆然となったのを覚えている。 「なぜ」「いったい」「まさか」。 過去に何度か浮かんだ単語が走馬灯のように脳裏を駆けめぐる。憤慨や落胆や、生じた感情の名前はいろいろあったのだろうが、最初の衝撃のあと、しいなは次の感情に移ることができなかった。 ひたすら驚愕する心。凍ってしまった感情。 気付いた時には別れのときは終わっていて、取り残されたしいなの心は衝撃と言う停止状態のまま、動くことをやめてしまった。 悲しみと苦難を乗り越え、決意を新たにして最終決戦へと向かう仲間たちを、どこか他人事のような気分で見ているのも、それが原因なのかもしれなかった。 以来、しいなのしいならしい感情は姿を消した。何事にも正直で真っ直ぐだった彼女の変化を、しかし仲間たちの誰も気付くことはなかった。 なぜなら、彼女は嘘を覚えたからだ。 笑顔を取り繕うことは案外簡単なことだった。怒りや悲しみを抱いているふりだってできた。 それはとても楽な生き方ではあるが、世界が希薄に味気なく見えた。 やる気のない笑顔で死んでいったあいつの世界も、きっとこんな色をしていたのかもしれない。そう思うと、動かない心が少しだけ締め付けられた。 時々、痛いほど一生懸命だったあの感情をなつかしく思うことがある。以前の自分を嫌いだったわけではないから、再びあの鮮やかな世界を見ることができたら、とも思う。 その反面、戻ってきたならうんざりすることもわかっている。常にともにあるには、疲れてしまうほど面倒くさい感情だから。 そんな身勝手な矛盾が、まるであいつの存在にそっくりだった。どちらも消えてしまわなければわからなかった矛盾。 もしかしたら、消えてしまった感情はあいつが持っていってしまったのかもしれない。意地悪でひねくれてたあいつの最期の優しさだったのだとしたら。 しいなの一番しいならしい部分は、過去の悲しみを糧に何度も彼女を苦しめてきた。記憶は消えない。事実も変わることはない。 けれどそう思う心が消えてしまえば、何事にも鈍くなってしまえば。それも一種の自衛となるだろう。 最もしいなの痛みや悲しみに敏感だったあいつ。けれど素直に慰めてはくれなかったあいつ。 彼が二度と隣に立つことがないのと同じように、あの感情も二度と蘇らなければいいと願う。希薄な世界で偽りながら、しいなは生きる。 戦闘隊列から探索隊列へと組みなおすと、ロイドの合図に先頭が歩き始めた。慣れのようなもので、ぼーっとしながらも指示通り最後尾についたしいなの隣に、ふと近寄る気配がある。何も言わずに並ぶ感覚に覚えがあって、一瞬どきりとして顔を上げた。 はかない願いが無意識に紅い色を探したが、見上げた先には表情に乏しい顔。鳶色の髪の合間から、わずかに歪んだ顔が前を向いている。 「クラトス……」 実の息子であるロイドに複雑な矛盾を抱いている彼は、それ以外の仲間には単純に優しい。きっと今も浮かない顔のしいなを気遣ってそこへ並んだのだろう。 その優しさと、自身が抱く歪んだ空しさがいたたまれなくて、しいなは顔を伏せた。何も言わない彼がこちらを見下ろしたのを感じる。 「大丈夫か、しいな」 低くて落ち着いた暖かい声。装うことなく気遣う態度が、ますますしいなを落ち込ませた。落ち込んでもいいと許されている気分にさせた。他人の優しさに甘えてしまうのがしいなの悪いところだということを、彼は知らない。 こういうとき、効果的にしいなを立ち直らせることができるのは、きっとあいつだけなのだろう。 だからしいなは顔を上げた。乾いた笑みを張り付かせて、精一杯取り繕う。 あいつはもういないのだから。 「大丈夫さ。ちょっと今晩の夕飯は何にしようか考えていただけ。クラトス、何かリクエストはあるかい?」 目の奥が熱い。けれどあの日から涙は出ない。 |
去りゆく彼が奪っていった |
また無謀にもクラトスルートを書いちゃったどうしようもない人間です。
コリンのこともロイドへの思いも丸無視でごめんなさい。今回はしいな→ゼロスだった設定だと思ってください。
ゼロスのポジションで馴染んじゃったクラトスに責任を押し付けたいんだけど、クラトスが優しすぎて憎むこともできない、という。
これはきっとゼロス好きプレイヤーの心をしいなに代弁させちゃったんだなぁ。