「ロイドもゼロスと同じなんだね!」 愛らしい声のらしくない荒声を耳にしてゼロスは思わずそそいでいたコーヒーを盛大に自らの指にかけた。熱さに驚いて大げさに腕を振り回すゼロスの背後を、金髪の少女がパタパタと駆けて行く。そのまま突き当たりの扉を開けた少女は、ベランダの手すりに体当たりして鈍く止まった。 あーらら、と体をそらせて手すりに突っ伏す背中を確認したゼロスは、新たなマグカップに今度はこぼさずコーヒーをそそいで、星空に泣きつく少女に近寄った。 「めっずらし」 扉の脇にもたれかかって意地悪く声をかけると、少女の金髪がびくりと揺れた。振り返らないのは、顔を見せられる状態ではないのかもしれない。やがて彼女はくぐもった声で呟いた。 「私……嫌な子だね」 「なんでよ」 「ロイドにひどいこと言っちゃった」 「俺さまとおんなじだって?」 正直な少女に頷かれてしまい、ゼロスは「そりゃねーぜ」と笑った。そして少女の隣の手すりに背中を預けると、湯気の立つマグカップを彼女の顔の前に差し出す。 「まー、ロイドくんはそれぐらい言われて当然だと俺さま思うけどねー。こーんなかわいい女の子に想われて、ちっとも気付かないなんて」 「ううん、ロイドは悪くないよ。私が……私が勝手に想ってるだけだから。だからロイドが何を言おうと私には怒る筋合いなんてないのに」 マグカップの黒い中身を見下ろして、鮮やかな金髪を左右に振る。いい加減な相づちを打ちながら、ゼロスは彼女に見えないように顔をゆがめた。 鈍感が罪にならないのは卑怯だと常々思う。 一方的な想いだから、と彼女は言うけれど、それが彼女を傷つける理由になるのだろうか。気付かなければ、健気な想いを無造作に踏んづけても許されるのか。 鈍い彼らは無意識の乱暴に罪悪感すら感じないのだから、なんとも無神経な話である。 (……っていうのは、真剣に想いを打ち明けない“こっち側”の責任転嫁か) 苦く頬を歪めて空を見上げると、瞬く星光に雲がかかりはじめていた。明日の天気は崩れるかもしれない。 「ゼロスは」 「ん?」 泣き出しそうに不安定な声で小さく彼女が呟いた。横目で見下ろした彼女の表情は金髪に隠されてうかがえない。ただ何かを求めるように視線の先は虚空を彷徨った。 「ゼロスはどういう気持ち?」 「……ちょちょちょ、待ってコレットちゃん。さすがの俺さまでも何が言いたいのかわかんない」 彼女の話が唐突で突飛なのはいつものことだが、その問いかけはあまりにも支離滅裂だ。呆れて笑ったゼロスに視線も向けず、少女は「えっとね」と口ごもった後小さく付け足す。 「想いが届かない時」 「あー……」 喉から絞り出た濁った声は、相づちともうめきともとれる微妙な響きで宙を舞った。 嫌な質問をしてくるものだ。愛らしい少女を一時憎らしく思って、ゼロスは彼女から離れるように体を反転させて手すりにもたれかかった。 見下ろした宿前の庭に白い花が浮かび上がっている。その少し向こうの納屋の前では宿に入れないノイシュが大きな耳を夜風にそよがせているのが見えた。犬好きの彼女の視線の先はそこだったのかもしれない。 「………………」 だから当然、彼女は気付いていたのだろう。干草の山に並んで座るロイドとしいなの姿も。 常人以上に優れた聴覚は、夜の闇にかすれる二人の談笑すらもとらえているのかもしれない。 一方通行の矢印。届かない思いなんてそこらじゅうに存在している。 ゼロスはひとつため息をつくと、軽薄な声に非難もまじえて間のあいた返事を返した。 「俺さまは愛の告白に躊躇したことないもんなぁ。そもそもコレットちゃんさ、あいつにしっかり伝えればいいんじゃないの?」 やきもちを焼くくらいなら、自覚させればいいのに。 純粋な少年と一途な少女の関係は傍から見ている身としては非情にじれったく苛立たしい。 ついそんな思いが口調ににじんだ。 すると彼女はわずかに顔を上げて、金髪を左右に揺らす。 「ううん。伝えるつもりはないの。だって私はロイドの隣にいられるだけでいいから。ロイドを困らせたくないもの」 いかにも彼女らしい返答ではあったが、ゼロスは納得できなかった。それは本心ではなく願望だ。そうありたいと願う偽善。 だって彼女は天使ではなく人間なのだ。もっと深くて凡庸な願望を確実に抱いている。それを押し込めようと無理をしている。 そのゆがみが痛々しくて。だからゼロスは思わずこぼれた皮肉を隠すことができなかった。 「ふーん。俺さまは片思いなんて不毛なもん、まっぴらごめんだけど」 「!!」 彼女がさっと強張った。とげを多分に含んだ言葉に衝撃を受けたに違いない。全てを淡く暖かく包み込んでしまう彼女だから、傷つけるのは簡単だった。 驚愕を表情に貼り付けて初めてこちらに視線を向けた少女は、しかし思いがけず柔らかな声で否定した。 「それは嘘でしょゼロス。だってゼロスはしいなが……」 「ストーップ!」 反撃のつもりか。彼女に限ってまさかそれはないだろうが、ゼロスは左手を彼女に向かって張り出して言葉を遮った。 「俺さまが悪かったよ。それ以上は言わないでね」 ずるい。少女の瞳に浮かんだ感情は妥当なものだ。 けれどゼロスは逃げるように手すりから体を離すと、ベランダから背を向ける。半分以上残ったままのコーヒーは、すっかり冷めてしまったので流しに捨てた。 認めたくないのだ。こちらを振り向かない女に一方的な思いを抱いているなんてこと。 なのに、あきらめることも告白することもできない。 しょせんは少女と同じだ。困らせたくない。……というより今の関係を崩すのが怖い。少女を見ていられないのはきっと、自分を見ているようで情けなくなるからだろう。 少女が一口もつけなかったコーヒーを同様に流しに捨てた。そのまま給湯室で並んだ二人は沈黙を抱く。 傷つけあう必要はなかった。けれど今さら謝罪を口にするのも妙なことに思える。 やがて少女が祈るように両手を組んだ。 「みんなの想いが向かい合えばいいのに」 「理想論だな。そうならないのが現実ってもんよ」 はかない願いを切り捨てておきながら、ゼロスは再び苦く笑った。 どこまでも不毛な片道の感情は、あいかわらず目的地を見つけられないままさまよっている。 |
不毛の行方 |
珍しく暗くて痛い話ですね。ひたすらコレットがかわいそう。
なんにしてもコレットちゃんをいじめるなんてゼロスはしないと思います(おい)
意地悪や皮肉を言うのはしいなの前だけでしょ?