「ったくよー、人使い荒いっての!」
身体を投げ出すように資材の山に腰掛けて、ゼロスは肩からガックリうなだれた。膝に体重をかけて組んだ腕の合間から、汗の雫が滴り落ちて乾いた地面に丸いあとを残す。どろりとまとわりつく不快感に耐え切れず、晴れた空を見上げて単語にすらならない唸り声を上げた。
「うあああ、もーっ!」
「ゼロスくん、荒れてますね」
さらりと愛らしい桃色の髪の毛が目の前に現れて、ゼロスは顔を上げた。ピクリとも動かない頬の筋肉が、冷静にゼロスを見下ろしている。
「プレセアちゃん」
幼い見た目に反してゼロス以上の労働量をこなしていたにもかかわらず、小さな額には汗一つ見えない。彼女はゼロスの隣にちょこんと腰掛けると、涼しい顔をしてタオルを差し出した。
わざわざ届けにきてくれたのか。洗いたてのようでふんわりと柔らかい。
ありがたく受け取って、ゼロスはそれに顔を埋めた。

ほとんどアクシデントと言ってもいい経緯で、思いがけず黄泉の国シルヴァラントに来てしまってから、なんとなくゼロスは落ち着かない気分だった。言葉こそ通じるけれども、ここはまったく異国の土地だ。景色も文化も風習も違う。一歩歩けば未知にぶつかり、その連続は知らぬうちにゼロスを内外からすり減らした。
(俺さまって環境の変化に弱かったんだわなぁ…)
ちょっと重労働させられただけでこの有様。身体の疲労に伴ってイライラも増している。
半ば睨みつけるようなまなざしで、ゼロスは通りの向こうでてきぱきと働く仲間たちを見守った。

「ほんと、お人よし集団だよなー」
「神子……。サボっておいてその言い草はないだろう」
ふとこぼれた呆れ交じりの呟きに、同じく呆れた声音で巨体の囚人がぬっと現れた。手枷のままでどうやって動いているのか知らないが、彼も立派な労働力として使われていたらしい。あつぼったい青髪の先から汗が滴った。
プレセアが気を利かせてつめた資材山には座らず、立ったまま肩で汗をぬぐう。見かねたプレセアから予備のタオルを受け取った彼は、丸太をかついで前を通る男を真似て首にかけた。
「だってよー、そう思わねえ? 寄付の余裕がないから労働力を寄付するーだなんて、どんだけ善良なボランティアだっての。俺さまたちだって暇してるわけじゃないんだぜ?」
「そう言うな神子。この有様を見たら、手を貸したくなるだろう?」
「そりゃ同情はするけどな」
ゼロスはかすかに顔をしかめて、それをごまかすようにわざと乱暴に後ろ手をついた。

どこを見わたしてもこの街には痛々しさとやるせなさが残る。一番ひどかった時期というのをゼロスは知らないが、瓦礫や破片が片付けられた今も、決壊した噴水や泥水の溜まった水溜りがこの街にふりかかった惨劇のあとを色濃く映し出していた。
なんてひどい。かわいそうな街。
そんな安っぽい感情ならゼロスだって浮かぶが、もしとおりすがりの立場ならあえて関わろうとは思わない。哀れみや同情なんてものはしょせんは他人事なのだ。
「それにまだシルヴァラントって土地に親しみが持てないのよ」
「………………………」
苦々しく心のうちを呟くと、リーガルも反論はしてこなかった。おそらく彼も、そして隣にいるプレセアも、少なからず同じ気持ちを持っているに違いない。
テセアラ出身の彼らには災厄の元ディザイアンやそれにまつわる人間牧場などというものにはなじみがない。だからどんなに同情を寄せても、部外者という視点からは逃れられないのだろう。

「私も……オゼットがあんなことになっていなかったら、率先して復興を手伝おうとは思わなかったかもしれない」
独特の感情の見えない囁きでプレセアが言った。もともと彼女がこの旅の進路に口を出すことは少ないが、ここへ立ち寄ったとき珍しく積極的に協力に賛成したのだ。その主張の背景に、故郷の惨状があることは明白だった。
「でも、住む場所が違うだけで、ここに住む人たちは私たちと同じ人間なんですよね。……そんな簡単なことに気付くまでずいぶん時間がかかってしまった」
プレセアの言葉に、ゼロスはせわしなく動き回る桃色の帯を目で追った。テセアラ出身者でありながら、シルヴァラントとの間に壁を作ることなく同じ立場で痛みを感じられる女。
彼女はこの街でロイド一行の仲間になったのだという。
暗殺という使命を捨てて、シルヴァラントに本物の同情を寄せた同郷の民は、昔なじみでありながらひどく遠い存在に見えた。
再会のあの日感じた溝は、この辺りに起因しているのかもしれない。

「おーい、お前らいつまで休憩してんだー?」
口に釘をくわえてかなづちを振るっていたロイドがふと思い出したようにこちらに手を振った。その補助をしていたしいながつられて顔を上げると、ピタリとゼロスに視点を止める。褐色の瞳にみるみる不機嫌が宿っていくのが明らかだった。
「こーらー! ゼロス! あんたくぎ抜き借りに行ったんじゃなかったのかい!? そんなところで油売ってないでさっさと手伝いなよ!」
「なっ! どーして俺さま限定で怒られなきゃなんねーんだよ!」
理不尽な扱いに憮然としつつも、ゼロスは仕方なく立ち上がる。
別に近づきたいわけじゃない。ただ不自然なこの距離の居心地が悪いから、しいなと同じ視点に立ってみようと思う。そうしたら自分も何か変わるかもしれない。凝り固まった偏見が少しは薄れるかもしれない。
義理や人情とは縁遠い自分の性格では、それすらなかなか難題だろうけど。
『よそ者』なんて線引きで、無為な差別を生み出すことは避けたいと思った。

「はーいはいはい。それじゃ頑張りましょ」


人情と同情と慕情と


  

 どうにもまとまりきらなかったのですが、もうこれでいいです。ゼロしい度が極端に低いゼロしい。
 書く人間が単純なもので、ひねくれのはずのゼロスくんもやたら素直ですね。
 こんだけ素直ならあそこまで思い悩まずに済んだろうになー……。
 ルインの復興イベントが楽しくて好きでした。自分も復興作業に加わりたいって思った。文化祭準備に似てるっていうか。