辺りの空気が変わった。自分には付け焼刃の能力しかないからよくわからないが、生まれつきその才能を持つ少年はこの感じを「マナが乱れている」と表現する。そうか、このうまく知覚できない何かをマナというのか。 クラトスの危惧は現実となった。認めたくはないが、彼の意見は正しかったらしい。最後の精霊との契約を終えた瞬間、突如地中から出現した大樹は、不気味な触手のように根や枝をうごめかせ、あっという間に世界を乱した。不規則な地響きが彼方のこの場所まで及んでいる。絶望に値する悲惨な情景だった。 しかし彼らがそれを呆然と見上げたのは一瞬で、混乱の渦の中からすぐさま糸口を導き出す。 「魔導砲……!」 「イセリア牧場のほうも止めなければならない」 「だったら、二手に分かれよう」 彼らは強い。一般人に比べたらある程度は。信じられない現実を受け止めることも、それに向かって立ち向かう勇気や決意も備えている。 その強さの理由に、互いの存在、つまり仲間があることはいうまでもない。一人ではないから。支えたり引き上げたり一緒に立ち止まったりしてくれる誰かがいるから、どんな苦難にも強くあろうと歯を食いしばれるのだろう。 けれどその安定は、同時に不安定な壊れやすい信念だとも言える。 それぞれが負う責任や役目は違うから、もしも一人になったときそれを保てるとは限らない。 「しいな、頼んだぜ」 「はいよ、任せときな!」 今、期待と責任を負って仲間を離れようとしている召喚士。胸をたたいて笑う小さな背中にまるで重責が目に見えるようで、彼は痛々しさに舌打ちをもらした。 強がることは、弱気であることの裏返し。 不安を押し隠して心配させまいと振舞う彼女は、不安定で危なっかしく、目を放せないと言うのが本音だ。一人で行かせることが少し不安だった。 もちろん甘やかすことなら簡単にできる。けれどそんな優しさなど彼女は欲しがったりしない。 だから彼はいつものように、平然と彼女を見送るしかないのだ。 「おーい、しいな。シクるなよ?」 「うるっさいねぇ! しっかりやるさ。あんたも手抜いたりするんじゃないよ?」 「はいはい」 レネゲードの男たちに促されて、気楽に手を振って彼女は背を向ける。小さな背中。今までどれだけの責任をそこへ隠してきたのだろう。 ……いつだったか、彼女が苦笑交じりにぼやいていたことがあった。 「召喚士なんて本当はいやだった」 本人の望みと関係なく、与えられてしまった能力とそれに伴う責任。幼いころに押し付けられたそれは、時に彼女を助け、時に苦しめながら、常にそこにあった。 彼女の人生における最大の悲劇だった事件も、これが原因であったことは周知の事実。 逃げることはできない。これまでもこれから先も。 そして、そういうがんじがらめの立場がとても自分に近いと思ってしまうのだ。放っておけないのは、それも大きな理由の一つ。 ともすれば同じ息苦しさを共感できる彼女と自分の大きな違いは、負った責任に向き合う態度だろう。逃げられないのにあがいてしまうのが自分だとしたら、身を捨ててまで成し遂げようとするのが彼女だ。 さきほどからぼんやりと感じる焦燥感はきっと……。 「あ、ちょっとちょっと、そこのお前」 彼は召喚士に付き添おうとするレネゲードの一人に声をかけた。ちょいちょいと指先で招くと、相手が神子だからだろうか不審げながらも素直に寄ってくる。ちょうど手が届く距離までレネゲードが近づくと、彼はすっと浮かべていた笑みを潜め、胸元を掴んで引き寄せた。驚いたレネゲードの耳元にそっと顔を近づけると、地の底を這うような低い声で囁く。 「あいつが無茶しそうだったら、お前が止めろよ?」 「な……! ……たとえ無理をしてもやり遂げてもらわねば困る!」 「ああ、そうだな。……それでもあいつが無事に帰ってこなかったら、俺はお前を逃がさねえ。たとえ、世界が平和になってもな」 「…………っ!」 本気の声に哀れなレネゲードは怯えたようだった。乱暴に彼から解放されると、一瞬恨みがましい目で彼を睨んだ後、さっと身を翻して賭けていく。顔さえろくに覚えてはいない。けれどもしそうなったとしたら、あの男を絶対に許すものかと誓う。 自分が行けない代わりに、あの男が彼女を見守る目になるのだ。 「おーい、ゼロスー! 行くぞー!」 「はいよ、ハニー」 レアバードに乗り込み始めていたロイドがこちらに大きく手を振っていた。それに手を振り返しながら歩き出すと、ふっと隣に誰かが並ぶ気配を感じる。 複雑な表情のレネゲードリーダー、ユアンだった。 「私の部下をいじめてくれるとは、やってくれるな神子」 「ああ? おたくの子分たちが頼りないのが悪いんでしょーよ」 ひらひらと手を振って眉を歪めると、ユアンは苦笑する。自覚があるのか、彼の態度に呆れているのかはわからないが、腹の立つ笑みだ。ユアンは彼とは対照的な青い髪を揺らしながら、一歩前に出ると彼の顔を覗き込むように言った。 「しいなを妙に気にかけるな、神子?」 「そりゃー、ナカマですから。心配するくらい普通だろー? ま、あのデカメロンをなくすのも惜しいし」 「それだけか? 特別扱いに見えたがな」 からかうようなユアンの一言に、彼はピタリと止まった。つられて足を止めたユアンには視線を向けず、レアバードの離陸準備を始めている茶髪の少年を見据える。 今、一番彼女に影響力があるのはあの少年だ。少年の言葉なら素直に受け止めるし、少年に止められれば、極端な無茶もひかえるだろう。 けれどロイドは「頼む」と言ったのだ。最大限の努力と無茶を彼女に求めたのだ。 もちろん、ロイドはそんなつもりではなかったにしろ、彼女は間違いなくその言葉のために全力を尽くすだろう。世界と自分と少年のために。 ならば、「無理をするな」と言うのは自分の役割ではないか。もし何かがあったとき、自分一人が責任を背負い込んでその身を犠牲にすることのないように、引き返す道を作ってあげるのは自分の役目ではないか。 そうして守られていることを、彼女が気付かなくてもいい。そうしたいのは彼のエゴであり、それを知らずに彼女らしくあることが彼の望みでもあるのだから。 「そーいう立場なのよ、俺さま」 呟いた言葉は思いのほか乾いていた。ユアンが奇妙に顔をしかめるのが視界の端に映る。ひどくつまらなそうな表情だった。 「お前のそういう顔は誰かに似ているな」 |
密やかに支えであれ |
大いなる実り暴走直後。しいなが一人で抜けちゃって「ええ!?」と思ったシーン。
誰か一人くらいしいなについていってもいいんじゃないのって。なので妄想補完。ますますゼロスが保護者になっていく……。
そしてまさかのユアンですよ。クラトスだって出せてないのにレネゲードリーダー! かっこいいー!!