しいなの広げた右手を覗き込むコレット。並んだ二人の少女は顔を寄せ合ってその中身に笑顔を浮かべている。 会話ははっきりと聞き取れないが、なにやら楽しそうであることはわかる。 笑い声につられてかプレセアが興味深そうに何度も二人を振り返り、そのまた隣を歩くリフィルが危うげな足取りをやわらかにたしなめていた。 よく晴れた午後のひと時。ガオラキアの森に向かうまでの平野を一行は二人ずつの隊列を組んでのんびり歩く。 本日の行程は森の前まで。中に入ってしまうと野営にも一層の警戒が必要となってしまうから、進入は明日の予定だ。 ちょうどサイバックで食料も補給してきたし、今日の夕飯は時間をかけてちょっと贅沢をしても許されるだろう。 料理人たちの献立相談を背後に聞きながら、ゼロスは両腕を頭の上で組んだ。 「なんだよゼロス。どうかしたか?」 普段なら頼まなくとも回る口がやけに静かだから不審に思ったのだろうか。並んで歩いていたロイドが横から尋ねてきたのに、一瞥すらしないままゼロスは生返事を返す。 「んあー。女の子がたわむれてるのは和むなーと悦に浸ってただけ」 「そうかぁ? なんか恨みでも持ってるような目つきだったけど」 問い返す口調がうさんくさそうなのは、セクハラじみた物言いではく視線と発言のミスマッチが原因らしい。確かにそんなことを考えて見据えていたわけではないからロイドの指摘はもっともだ。 しかしその理由を明かすつもりは毛頭ないので、ゼロスは「目にゴミが入ってんだよ」と白々しい嘘をついて会話を断ち切るようにひらひらと手を振った。 自分でもこんなにあからさまに不機嫌なのは珍しいと思う。らしくないとでも言うべきか。 彼は感情を自分の中でうまく隠したりごまかしたりする術に長けているので、めったなことでは取り乱さない。 もちろん今だってそれほど大層なことが起こったわけではないのだが、なぜか昇華できるはずの苛立ちがずっと腹の底にたまって渦を巻いていた。 しかも厄介なことにゼロスはその感情の名前を知っているのだ。感情の原因にも気付いている。 だからなおさらゼロスの機嫌は傾くばかりで、ロイドの不審をあおるのだろう。 …………だって仕方ないだろ。あの鈍感相手じゃさすがの俺さまだって焦るわ。 心の中で悪態をついて、ゼロスはついさっき出会い別れたばかりの学生の顔を思い出し、さらに顔をゆがめた。 どんな人間でも、心の中に他人の存在を受け入れ、己の中で位置づけ区別する場所を持っている。 その分類方法はひとそれぞれで、たとえるならコレットは階層状の形態をしているに違いない。 平らな皿が縦に何層にもあって、彼女にとって大事な人ほど下層の深いところに住み着いているのだ。そしてたぶん、第一階層は極端に広い領域を持っている。今までに出会ったほとんどの人間はそこに分類されるのだろう。階層が深くなるほど領域は小さくなり、おそらく最下層にいる人物はただ一人。 またリフィルなら完全分離型の分類方法だ。 彼女は本音と建前をうまく使い分けられる人間だから、同情でその人物の評価を変えることは少ない。友人と敵は絶対に同じ分類にされることはないし、敵が友人になることもまれだ。ただし疑り深い性格ゆえか、その逆はよくある。ある意味わかりやすいのかもしれない。 そしてプレセアはそもそもの門が狭い。 めったに人を受け入れないし、その許容量も大きくないからいらない人間はどんどん排除される。今彼女の中にいる人間はどれほどいるのだろうか。自分もその中に入っているのか、自信はない。 それならばしいなはどうかというと、これが一番厄介だった。 彼女の心はまるで真っ平らなフィールド。そこに色がついている程度だ。その境は非常に曖昧でちょっとしたことで他人に対する彼女の意識は変わる。 だからロイドが今ここにいるのかもしれないし、裏切ったくちなわという男のことをいつまでも引きずっているのかもしれない。 こちらがちょっと意図すれば、至極簡単なことなのだ。彼女の特別になることなんて。 …………結局それがゼロスの不機嫌の原因だった。この苛立ちは怒りではなく焦りから来るもの。 彼女が照れくさそうに薬指にはめたあの指輪が、ゼロスに焦燥感を抱かせる。たぶん嫉妬と表現しても間違いではない。 きらめくピンクパールが目障りで腹立たしくて仕方ないのだ。できることならむしりとって海にでも放り投げてしまいたい。 たかが指輪一つ。ゼロスが所有する多くの宝石に比べるべくもない小さなパールが、単なる通行人に苦学の優しい学生ヨシュアという名を与え、しいなの心の住民権を授けてしまった。 どうせたいそうなプレゼントではないのだ。 あの指輪を手放せるなら相手なんて誰でも良かった。たまたま目についたのがしいなだっただけで、それも背格好が似ているとか、その程度の理由だったに違いない。 それでも単純で鈍感なしいなの心に付け込むには実に効果的だったということだ。 まったく気に入らない。 この平たいフィールドでのアピールは簡単であるぶん、障害が多い。そして、目指す先は相変わらず遠い。 もうこれ以上、ライバルとなりそうな新たな住人はいらないのだ。そのための予防策をそろそろ慎重に張るべきかもしれない。 さて何から仕掛けていこうかと思案しながら、ゼロスは空に伸ばされたしいなの指を苦々しく見つめた。 当面の排除対象は太陽の光を弾いて挑発的にきらめいている。 |
年頃乙女における 好感度考察 |
また無茶なタイトルでごめんなさい。久しぶりに書いたせいか文が荒れる荒れる。再度ごめんなさい。
「ゼロスのやきもちっていいよね!」とくろさんとのゼロしい語りの中で思いついたネタでした。
なのに生かしきれてない!! どうせジェラっちゃうならもっとゼロスが黒くてもよかったんじゃないかとか今さら思う。
後悔はしていない。反省はしている……。