基本的にエクスフィアというものは自身で装着ができない。その理由は物理的な問題ではなく、一緒に取り付ける要の紋に由来する。
ドワーフの技術を多少なりとも受け継いだロイドのような人物ならば話は別だが、たいていエクスフィア装着の際にはドワーフの協力がいる。彼らに抑制鉱石の加工を頼めば、それを身体に取り付けるのもドワーフやそれを補助する人間が請け負うことになるのが通例だ。
レネゲードから分けてもらったいくつかの一つを当然のようにせしめたゼロスも、その例にもれず装着は他人に頼んだ。取り付ける場所は個人の自由だが、特に隠す必要がないなら手の周辺や胸元が多い。メンバー全員エクスフィア装備、という特殊な集団である彼の仲間も、二人を除いてそのどちらかだった。


「しーいなー。邪魔するぜぇ」
もちろんノックはしたけれど、
「あ、ちょ、待ちな! 今着替え――」
そのあとの当然の動作として動いた手が一歩早くドアノブをひねり押し開けた。開けた視界に、ゼロスにあてられた部屋と同じ作り同じ配置の部屋の内装が飛び込んでくる。窓脇のベッドサイド、そこに目的の人物はいた。
「!」
だいだい色の淡いベッドランプに照らし出された白い脇腹に視線が釘付けになる。上げた両腕を交差させてインナーをまくりあげる動作の途中で、硬直している細い肢体。豊かな胸が下から半分だけ見えて、その間にもできる谷間が、上から見るものよりさらに艶やかに情欲をそそるものだと初めて知った。
「ぉわ、わ、悪ぃ……」
いつもの軽口さえ出なかった。らしくなく真面目に謝罪して、思わず熱くなる自身の身体に焦りながら目をそらす。瞬間、視界の端に映る“左胸下”。
呆然として一時自分を失っていたらしい彼女、しいなが硬直から解けたのはその直後だった。
「な、な、な、何見てんだい、このエロ神子―――!!」
上げていた腕をガバッと下ろした彼女は身体をかばうように左手で抱きながら、右手でさっとベッドサイドから何かを取った。おそらく自分でも何を持ち上げたのかわからないまま、それを闖入者に投げつける。
――ベッドランプ!!
「でっ、しいな! そりゃ宿の備品!」
避けるわけにもいかずかろうじてそれを受け止めると、他にもクッションやら枕やらに追撃され部屋の外に押し戻される。バタンと目の前で開けたばかりのドアが閉まったとき、それらとともにゼロスは廊下の壁に埋まっていた。

「ひでーじゃないよー、しいなぁ」
ベッドランプを抱えたまま、クッションの山から起き上がる。すぐさまドアが叩かれたようにバシと揺れ、その向こうから「勝手に入ってくるからだ、変態!」となじられた。
「だぁって、男部屋鍵かかってて誰もいないんだぜ。せっかく早めに帰ってきたのに、俺さまかわいそー」
「それが人の着替え覗いた理由になるか、バカ」
「それは不可抗力だろー。まあ、役得だったけど」
呆れたのか、ドアを離れたのか、しいなの返答が一時消えた。投げつけられたものを抱えながら、ドアに背を預けて座り込む。どうせまた鍵などかけていないのだから入れないこともなかったが、ベッドランプより痛い拳を受けることになるのでおとなしく待つことにした。
宿の廊下に座り込む彼を、他の宿泊客がきょとんと見ながら通り過ぎていく。まるで本当に締め出された若旦那のような気分になって、ゼロスは苦笑いをかみ殺した。
しばらくして戻ったらしいしいなが再びドアの向こうから問いかけてきた。
「みんなはどこ行ったんだい? まさかリフィルのアスカード壁画講座じゃないだろうね」
「そうなんじゃねーのー。そっちだってコレットちゃんとプレセアちゃんが連れてかれたんだろ」
「リーガルはどうしたのさ。あいつまで一緒ってこたないだろ?」
「会長様はワンダーチェフと食材談義。さっき見かけた」
「はーん、なるほどね。それで閉め出されたわけだ」
ガチャと、背を預けていたドアが開いた。そのまま仰向けに倒れると、ラフな部屋着に着替えたしいなが腕を組んでこちらを見下ろしている。呆れたように笑った彼女は、やっと部屋に入ることを許してくれたようだ。

「と、いうわけでお邪魔しまーす」
まずは抱えたランプやクッションを元あった位置に戻して、そのままベッドに腰掛ける。二つずつ並んだベッドの向かい側に、腕組み足組み、しいなは向かい合った。
「まったくあんたにこういうことされんの、何回目だろうね」
「はっはー、運のいい鉢合わせは五回目だな」
「ホント、見計らったようなタイミングでくるしね」
「自慢にならない、なげかわしい」とぼやいたしいなは組んだ腕をほどいてめまいでもしたように額に手を当てた。窮屈だった胸が開放され、たゆむ。自然と目で追ったその場所に、さきほどちらりと見たアレを思い出してゼロスは笑いを引っ込めた。
聞いてみたいと思っていた。その場所である理由。
「ん、ゼロス? どうかしたかい?」
「いや……なんでかなーと思って」
「なんでって何が?」
「しいなのエクスフィア。なんでその位置につけたんだ?」
持ち出した話が唐突だったのか、質問の理解に一瞬動きを止めたしいなだったが、気付いた瞬間右手はすでに繰り出されていた。脳天に一撃。予測していたので舌はかまなかった。
「いってー……。もーしいな、乱暴ー」
「あ、あんた! さっき見たのかい!? あああたしの……」
「下半分しか見せてくれなかったくせにー」
「っ!!」
ぶるぶる震えて拳を握る。第二撃が来る前に、ゼロスは再び質問を投げた。しいなの心は同時に二つの感情を保てるほど複雑な構造をしていない。怒りより強い何かを抱かせれば、気をそらすことは可能だ。
「左胸下って心臓だろ? どうしてわざわざそんなところにつけたんだよ。誰かの入れ知恵?」
「入れ知恵ってなんだい。……別にホントはここじゃなくてもよかったさ。服で隠れる場所ならどこでも」
どうやらゼロスの思惑にうまく乗ってくれたらしく、しいなは固めた拳を開いた。服の上からその場所をなぞりながら、呟く。
「あたしたちミズホの民は影の者だからね。堂々と見せびらかすわけにはいかないんだ。それにあたしはもともと暗殺者としてコレをもらったわけだし」
時には人を騙すことさえ任務に含まれるというミズホの仕事。切り札となる能力は隠しておいたほうが都合がいいわけだ。
その点、ゼロスは正反対の理由で胸元にエクスフィアをつけた。隙あらば命を狙ってくる輩への牽制。これがあるだけ、以前よりわずかに危険は減った気がする。
「ふーん」という気のない相づちに、ギロリとつりあがった瞳で彼女は睨んできたが、いちいち腹を立てていては埒があかないと学習したのか、何も言うことはなかった。
「ここにつけたのは勧められたからだよ。おろちにね……」
「なるほどー、おろちくんに……ねぇ」
ゼロスは冷笑をもらした。誰に対してか、自分でもわからない。
しいなは思い出を懐かしんでいるのか、めったに見せない穏やかな笑顔でエクスフィアをなぞっている。ムカムカして、そんな自分に気づかれるのも悔しくて、顔を見られないように後ろ手をついて天井を見上げた。
たぶんあの真面目純情青年のことだから、下心があって勧めたわけではないだろう。素直にそこに取り付けたエクスフィアが、彼女の肢体にどんな色を加えるか、想像すらしないに違いない。
白い身体、柔らかな胸。彼女の心臓。そしてそこに刻まれた他人の命の石。
なんだか、すごく面白くない。
理由のわからない腹立ちをまぎらわすように、ただ小さくぼやいた。
「やーい、しいなのデカメローン」
「なんだってぇ!?」
心理作戦でかわしたはずの第二撃は、ゴスリと腹部にめり込んだ。

左胸下の理由




漫画版3巻表紙裏ネタ。左胸下…なんてエロい!!
礼装だったらエクスフィアは見えると思う。で、たぶんムラムラする、ゼロスが(嘘)
そして一番謎なのは先生のエクスフィア取り付け場所。なんでそんなところに……?