「こら、飲みすぎ!」
もう1本追加しようとしたゼロスの腕を掴んで、しいなは眉を吊り上げた。
彼が酒に強いことは知っているが、ここパルマコスタには一応視察の名目で訪れているのだ。「ほどほどにしておきなよ」とたしなめると、ボトルから最後のいっぱいを注いだゼロスは名残惜しそうにグラスを揺らした。
「ちぇー、しいなのケチ!」
「付き合ってあげてんのに、文句言うのはこの口かい?」
「あだだだだだ!」
憎らしい頬をつねりあげて、しいなは深くため息をついた。

この男との仕事は何かと長引く傾向がある。それは仕事のスピードが問題ではなく、ひとえに男のわがままのせいだ。
やれあれがしたい。、これがほしいだの。どこかへ行くたびに、何かをするたびに、彼はこじつけて余興を欲しがる。
これだってわざわざ産地で飲まずとも、統合された現在ではメルトキオでだってこのワインは手に入るのだ。貴族のきまぐれなのか、こだわりなのか。付き合わされる身にもなってほしい。

「まあまあ、しいなも飲めよ」
「いらないよ」
肩に手をかけて勧めてくるグラスにぷいと顔を背けて、しいなはテーブルに頬杖をついて雑然としたあたりを見回した。
決して狭い酒場ではないのだが、ちょうど漁から帰ったらしい海の男たちで込み合っている。荒々しい雰囲気と響き渡る野太い雑音がどこか落ち着かない心地にさせた。
たぶん、場違いなのだ。自分がいるような場所ではないから居心地が悪いのだ。
こんな場所に連れてきたゼロスを恨めしく思いながら、滑らした視線の先に見知った顔を見かけた気がしてしいなは頬杖を解いた。男たちの雑踏にまぎれるようにすみの方にたむろする数人の若者たち。そこに……。
「あれ、ショコラじゃないかい?」
「んあ?」
スモークチーズをかじっていたゼロスがしいなに寄りかかるように身体を傾けて、視線の先を追う。こちらの視線に気付かない少女は友人にすすめられるまま赤ワインのグラスに口をつけていた。


――最近、うちの娘夜遊びが多いんです
ふと昼間に寄った道具屋で彼女の母親が漏らしていた言葉を思い出す。
年頃の娘だ。遊びたい盛りだろう。だがここは、未成年の少女が遊ぶには場所も時間もふさわしくない。これでは母親が心配するのも当然だろう。

しいなとゼロスは苦笑いで顔を見合わせた。
「しゃーねーなー」
肩をすくめたゼロスがグラスを置いて立ち上がる。困ったような寂しそうなあんな母親の顔を見てしまったら知らん振りはできない。
漁師たちの間をぬって若者たちへと近づいたゼロスはナンパでもするように、気軽にショコラの肩を叩いた。
「よ、久しぶりーショコラちゃん」
「あ、神子さま! それにしいなさんも!」
振り向いた少女の滑らかな頬は酒気に赤らんでいる。どれくらい飲んでいるのだろう。無邪気な笑顔にのせるには不謹慎な色で、危うい印象を感じた。
「お二人そろってどうしたんですか?」
「そりゃーこっちのセリフよー。お嬢さん今何時だかおわかりー?」
ゼロスの明快な声はショコラに問いかける口調ながら、実際は同席する少年たちに向けられているらしい。涼やかな青い瞳に非難されて、若者たちはわずかにたじろいだ。
「……別に何時でもいいですよ。関係ないじゃありませんか、神子さまには」
さすがにショコラも不満をあらわにして言い返す。だが、ゼロスは笑顔をくずさないまま、しっかりと首を振った。
「だめー。かわいい女の子の頻繁な夜遊びはお兄さん断固反対だから」
そう言うと問答無用で彼女からグラスを取り上げてしまう。当然若者たちから抗議がわいたが、ゼロスは聞く耳も持たなかった。
「はーい、散った散った。親が心配してんぞー」
などと言いながら、若者たちを追い立てていく。黙認していた漁師たちも悪乗りしてしまえば、場違いの彼らはおとなしく出て行くしかなかった。

「まっすぐ帰れよー!」
「……ちょっと強引だったんじゃないのかい?」
満足げに若者たちを見送るゼロスの隣で、しいなはあきれたように呟いた。ゼロスがしたことは間違ってはいないのだが、どうにもショコラたちがかわいそうに見えてしまう。
「アンタなら便乗しちゃうかと思ったのに……珍しいじゃないか」
「まーなー」
酒場の喧騒を背後に聞きながら、ゼロスがうーんと星空に向かって腕を伸ばす。そして唐突に。
「……たとえばだ」
「は?」
「俺さまに娘がいたとして、この時間になっても帰ってこなかったら、かなり心配するわーと思ったわけよ。むしろ迎えに行くくらいの勢い」
「あー……やりそう……」
セレスの溺愛っぷりを思い出して、しいなは頷く。妹であれなのだから、娘となればさらにうざったいことになっているかもしれない。想像したら笑えてきてしまって、しいなは深く夜の空気を吸い込んだ。
パルマコスタ特有の潮の匂い。家々の明かりが消えた夜更けにはその濃度も増しているように思えた。

「それじゃ、私も早く帰ろうかねえ。おじいちゃんが心配してるかもしれないし」
もちろん、すでにミズホに帰れる時間ではなかったが、こんな時間まで付き合わされた腹いせにイヤミのつもりでしいなはくるりと背を向けた。
それに、さっさと宿に戻ってゆっくり落ち着きたい。
先に行っちゃうよ、のジェスチャーで片手を振ると、その手首をパシとつかまれる。
「ゼロス?」
「それはダメ」
「?」
「まだ帰んなよ」
ほら、始まった。お得意のわがまま。
もう付き合っていられないと振り返らずに歩き始めると、少し慌てたようにゼロスがしいなの腰を引き寄せた。
「もーちょっと……」
「さっき自分で言ったじゃないか。女の子は早く帰るべきなんだろ?」
「…………しいなは別。そこはお父さんの立場になれない」
つくづく勝手な男である。それでも見放せない自分がいるのも事実だから、しいなは小さく嘆息した。
「しょーがないね……」
それはどこか幸せなわがままだった。



Not Father





 ゼロスが年寄り発言ですねー。父性と恋情は両立しないのです、彼の中では。
 どうにもシンフォED後なのか、ラタED後なのか、いまいち判断がつけがたい話ですが、
 ラタにショコラが出てきてちょっと嬉しかったので。モブキャラ扱いだったけど。
 あの子、いくつなんだろー? ロイドと同じ年くらいなんじゃないかなと思ってたんですが。