赤面症、という病気があるらしい。
人前で緊張すると、頬や耳たぶや、もしくは顔全体が赤くなってしまうという。その発現は、たいてい自分にとって大切だと思っている人の前で起こるのだ。
意識しすぎるがゆえに過剰に反応してしまう、正直な身体の心情表現。
ならばそれは、口ほどに物を言うという目よりも、単純で厄介なのかもしれない。


「ちょーっと、ボンヤリしすぎなんじゃないの?」
王城から城門へ真っ直ぐ伸びるメルトキオの下り階段。視界を横切った渡り鳥に目を奪われ、なんという理由も無しにその軌跡を追いながら足を踏み出した瞬間だった。
カクンと膝が曲がり、身体全体がひゅっと下がる。世界が一瞬上下にぶれて見えた。
――落ちる!
背中にさっと汗が浮かび思考が恐怖に染め上げられる寸前、右腕にぐっと圧力を感じ、気付いたときにはその右腕を吊り上げられる体勢でなんとかまだしいなの身体は階段の上に存在した。
腕から繋がる先を見上げれば、さらされた二の腕に筋肉が隆起している。力をこめている証拠。さらにその先を追うと、笑みの中に呆れをにじませた表情でゼロスが見下ろしていた。
「……………………」
「しいな? 足でもひねったか?」
呆けたように見返すしいなに眉をひそめて、ゼロスが聞いてくる。なんで答えないのか、そもそも何を言うべきなのか、わからなくなってしまった。
右腕を支える力強い腕はグローブ越しでも温かくて、自分の短い指とは違う太くてごつごつした男のもの。そんな当然のことを意識した瞬間ボッと顔が熱くなる。もちろん、なんでわざわざ意識したのかなんてこともわからない。
ただ自分ひとりが恥ずかしくて、鼓動が早くなって、不思議そうに見下ろしてくる薄曇の空の色から逃れるように顔をそらした。
「あれー? しいなってばもしかして、俺さまに見惚れちゃった?」
「だ、誰が!」
軽い調子で冗談を言ってくる男の態度はいつもと同じ。それなのに、こんなに過剰な反応を示してしまうのは、こんなに身体が熱いのは。
「おーい、ゼロスー! しいなー! 遊んでるなら置いてくぞー!」
階段の下からイヤミなのか冗談のつもりか――はたまた無意識かもしれない、ロイドが身体を半分こちらに振り返りながら急かした。いつもの自分なら、「遊んでんのはアホ神子一人だよ!」なんて言いながら、もうほとんど習慣と化した拳骨を八つ当たり気味に男にぶつけるはずなのに、そんなセリフを思いつくどころか、拳を握ることすらできなかった。
ただひたすら、ゼロスからそらした顔と、つかまれた腕が熱い。まるで身体が中から燃えてしまうような錯覚まで感じる。
ゼロスの体温に触れた。それだけなのに。
「えー、待ってよローイドくーん!」
情けない声を上げながら、いつまでも吊り上げられたままのしいなの身体をついでのように引っ張り上げたゼロスは、そ知らぬふりでしいなの横を通り過ぎる。
取り残されたしいなの身体に通常体温が戻るのは、それからピッタリ一分後のことだった。

人体発火温度





しいなは意識し始めたら中学生並みだといいな。ほっぺた赤くするしいなってすごいかわいい。
そんでもって気付いてないふりでその様を楽しむのがゼロスくんだよ!